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東京地方裁判所 平成4年(ワ)13488号 判決

主文

一  被告株式会社フジテレビジョンは、原告に対し、破産者株式会社テレコム・ジャパン破産管財人桑島英美と連帯して、金三三〇万円及び内金三〇〇万円に対する平成四年四月一三日から、内金三〇万円に対する平成四年九月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告破産者株式会社テレコム・ジャパン破産管財人桑島英美は、原告との間において、被告株式会社フジテレビジョンと連帯して、金三三〇万円の損害金及び内金三〇〇万円に対する平成四年四月一三日から、内金三〇万円に対する同年九月二日から支払済みまでそれぞれ年五分の割合による遅延損害金を賠償する債権を破産債権として有することを確定する。

三  原告の被告株式会社フジテレビジョンに対するその余の請求及び被告破産者株式会社テレコム・ジャパン破産管財人桑島英美に対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

理由

第一  請求の趣旨

1  被告株式会社フジテレビジョン(以下「被告フジテレビ」という。)は、原告に対し、被告破産者株式会社テレコム・ジャパン(以下「テレコム」という。)破産管財人桑島英美と連帯して、金三三四一万九三四七円及び内金二九四一万九三四七円に対する平成四年四月一三日(本件不法行為の日)から、内金四〇〇万円に対する平成四年九月二日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告フジテレビは、日本経済新聞東京本社版に、別紙謝罪文記載の謝罪広告を別紙記載の条件で記載せよ。

3  被告テレコム破産管財人桑島英美は、原告との間において、被告フジテレビと連帯して、金三三四一万九三四七円の損害金及び内金二九四一万九三四七円に対する平成四年四月一三日(本件不法行為の日)から、内金四〇〇万円に対する同年九月二日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまでそれぞれ年五分の割合による遅延損害金を賠償する債権を破産債権として有することを確定する。

4  被告テレコム破産管財人桑島英美は、原告との間において、同被告が日本経済新聞東京本社版に別紙謝罪文記載の謝罪広告を別紙の条件で掲載する義務の履行を代替するための費用金二四〇万円を請求する債権を破産債権として有することを確定する。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、被告フジテレビの放送するチャンネルにおいて平成四年四月一三日午後七時からテレビジョン放映した番組「今夜は!好奇心」(番組タイトル「大東京!家と土地の最新残酷物語」)(以下「本件番組」という。)で業績不振に陥つているかのような内容を放送され、信用を毀損されたとして、民法七一五条、七一九条に基づき、被告フジテレビに対して別紙のような内容の謝罪広告をすること及び損害を賠償することを、原告を取材して右番組を制作したテレコムの破産管財人に対して別紙の謝罪広告料相当額の金額の請求権及び不法行為による損害賠償額の金員の請求権を破産債権として有することの確定を求めている事案である。

二  争いのない事実

1  (当事者)

(一) 原告は、マンションの販売、建売住宅の販売、不動産の賃貸、管理等をする株式会社である。

(二) 被告フジテレビは、放送法に基づくテレビジョン、その他一般放送事業、放送番組、録音録画物、映画の制作、販売及び配給並びに輸出入に関する業務を目的とする株式会社である。

(三) テレコムは、コマーシャルフィルム・ビデオの企画制作、テレビジョン、ラジオ番組、各種映画、ビデオパッケージの企画制作、販売、広告代理業等を目的とする株式会社であつたが、平成五年一月一二日午後一時三〇分、当庁において破産宣告を受け(当庁平成五年(フ)第三六号)、弁護士桑島英美が破産管財人に選任された。

2  (本件番組の制作及び放映)

(一) 被告フジテレビは、本件番組を企画し、テレコムに対し、本件番組の取材、制作を依頼した。

(二) テレコムにおいて本件番組を担当するディレクターであつた野別英明(以下「野別ディレクター」という。)は、平成四年二月一三日ころ、訴外株式会社住宅総合研究所の鵜沢泰功から原告の代表取締役山田義典(以下「原告代表者山田」という。)の紹介を受け、同人に本件番組の取材を申し込み、その許可を得た。

(三) 野別ディレクターは、平成四年二月二一日、カメラマン等四名と共に原告方を訪れ、その社長室において、原告代表者山田に対し、別紙「インタビュー内容」のとおりインタビューしその模様を収録した後、原告が建設し、販売している埼玉県北葛飾郡吉川町所在のマンション「マツヤハウジング・ハイタウン吉川」(以下「ハイタウン吉川」という。)を撮影した(以下「本件取材」という。)。

(四) テレコムは、野別ディレクターを中心に本件番組制作のための取材を終了した後、仮編集をすませて、被告フジテレビにおいて本件番組を担当するプロデューサー森洋一(以下「森プロデューサー」という)らと協議のうえ、ナレーション台本等を作成し、右(三)の取材結果を折り込み、被告フジテレビとテレコムが共同で最終的な編集作業を行つた。

(五) 被告フジテレビは、平成四年四月一三日午後七時から、関西・東海地区などを除いた各地域で本件番組を放映したが、本件番組の関東地域における視聴率は一六・三パーセント(ビデオリサーチ調べ)であつた。

3  (本件放映部分)

本件番組の内容は、いわゆるバブル経済崩壊後の不況を背景に、首都圏における不動産不況の実体をドキュメンタリーとして追つたものである。その中で、原告に関連する部分は以下のとおりである(以下「本件放映部分」という。)。

(ナレーション)

「マンションのダンピング競争が始まつた。目立つ空き家。二割三割は当たり前といわれる値下げ。それでも在庫はさばけない。とうとう業界で掟破りと言われる値下げ広告も現れた。さらに、販売中止に追い込まれたところもある。」

(映像)

(原告の所有物件である「マツヤハウジング・ハイタウン吉川」と記載した看板が映し出され、同マンションをバックに「販売中止」というテロップが流れる。)

(ナレーション)

「今売れる価格では原価割れ。売るだけ損と判断したからだ。これまで売れたのは三三戸のうちわずか八戸。値が上がるのを待つしかない。」

(映像)

(同マンションの販売状況を示す表にバラの花が八個つけてある様子が映される。続けて「マツヤハウジング山田義典社長」の肩書で原告代表者山田に対するインタビュー映像が流れる。)

(原告代表者山田に対するインタビュー)

「私も業界に一七年おりますけども、ま、初めての体験でね。本当にまあ悲惨な状況でしたね。みなさん在庫はさばけない。借入金はむしろ減るよりも増えるという状況じやないですかね。」

4  (本件リブラン放映部分)

本件放映部分に引き続き、訴外株式会社リブラン(以下「リブラン」という。)に関連した部分が放送された。その内容は次のとおりである(以下「本件リブラン放映部分」という。)。

(ナレーション)

「そんな値下げ合戦の中、アイデア勝負で生きぬこうという業者もいる。買い手の志向にあつた付属施設をつくり、その付加価値で売ろうというのである。」

(映像)

(株式会社リブランの名前が映され、同社会議室で「ゴルフ練習場つきマンションとかね。」と社員が発言している会議模様が映し出される。)

(ナレーション)

「ほとんど遊園地なみの奇抜なアイデアが会議のたびに次々と飛び出す。これは、そんなアイデアを実現したマンション。一階に美術品を展示するスペースをつくり、グレードを高めようというわけである。板橋にあるこのマンション。三LDK六五平方メートルで平均七〇〇〇万円。まわりの相場より一〇〇〇万円高い。」

「さらに、これは最上階に住民共有のジャグジー展望風呂を付けたもの。まだ建設中だが七割売れた。」

「そして、こちらは防音スタジオつきミュージックマンション。プロのミュージシャンも何人か入居しているという。」

(映像)

(各マンションの紹介映像が映し出される。その後、「株式会社リブラン大内田宜隆さん」のテロップとともに同人のインタビュー映像が放映される。)「ダンピングしているところもあるしね。今新しく低く価格設定して出しているマンションもありますんでね。その中で戦つていかなくちやならないんですけども。安物買いの無理をしないということですね。ですから多少高いかもしれないですけども、それを認めていただいて購入されたお客さんは、後々得する的な部分ですね。ただ、本音的にはやつぱりきびしいですね。」

5  (原告の経営状態)

原告は、本件番組放映当時、債務圧縮に成功しており、特に経営状態が苦しい状態ではなく、野別ディレクターもその点を認識していながら前記取材を行つた。

三  争点

1  本件番組のテレビ放送による本件放映部分が原告の信用を毀損したか。

2  右1の毀損があるとされる場合において、そのような被害をもたらした本件取材、編集及び放映をしたことについて被告らに故意又は過失があるか。

3  右1及び2が肯定された場合において、原告の被つた損害額はいくらか。新聞紙上へ謝罪広告を掲載する必要性があるか。

四  争点1に対する当事者の主張

1  原告の主張

本件番組は、原告とリブランとの対比により、原告の経営状態が非常に悲惨な状況であることを印象付ける内容になつており、原告の信用を毀損するものである。

本件放映部分で放送されたマンションのダンピング競争は、大幅な値下げによつて在庫をさばこうという対応策であるが、「さらに販売中止に追いまれたところもある」(ナレーション)という表現は、業界の中には在庫もさばけない業者が出現してきている、換言すれば、落ちるところまで落ちた業者がいるという印象を視聴者に与えるものである。そして、この「落ちるところまで落ちた」ということを画面を通じて知らせるために、販売中止に追い込まれたマンション、販売中止に追い込まれた業者、販売事務所の悲惨な状況を映し出している。

「今売れる価格では原価割れ。売るだけ損と判断したからだ。これまで売れたのは三三戸のうちわずか八戸。値が上がるのを待つしかない。」(ナレーション)という表現は、「値が上がるまで待つしかない」という消極的な意味の内容であつて、それが原告の積極的な対応や戦略に基づくものであると理解できる内容のナレーションにはなつていない。

原告代表者山田の「私も業界に一七年おりますけども、まあ、初めての体験だね。本当にまあ悲惨な状況でしたね。みなさん在庫はさばけない。借入金は、むしろ減るよりも増えるという状況じやないですかね。」とのインタビュー発言は、それまでの映像、ナレーションと相まつて、原告も他の不動産業者と同様に資金面において非常に苦しく、ダンピング競争にも耐えきれず、在庫もさばけなくなり、借入金が増えている状況にあるとの印象を抱かせるものである。

確かに、原告代表者山田は、「みなさん」という言葉を使つて表現しているが、一般視聴者は、その発言が原告の経営状況とは全く別の、不動産業界一般についてのものとは理解しないはずである。「みなさん」というからには、不動産業者のうちに原告も含まれると考えるのは当然である。しかも、本件番組の一連の流れを見れば、原告の経営状況が語られていないとみられることはない。

本件放映部分後の本件リブラン放映部分は、原告とは対照的に描かれており、原告が悲惨な経営状況にあるという印象を一層強めるものである。すなわち、リブランは、バブル崩壊の中で高付加価値商品の積極的な押し出しで対応しているプラスイメージの業者として扱われており、これに対し、原告は、消極的に販売を中止しているというマイナスイメージの業者として対照的に映し出されているのであつて、原告の状態が暗く悲惨であるという印象が際だつた結果となつている。

2  被告らの主張

本件番組は、原告の信用を毀損する内容ではない。また、本件番組は、バブル経済崩壊後の不動産不況の状態を客観的に放映したものであり、特定の業者の宣伝を行つたり、特定の業者の信用を毀損したりすることを目的として制作、放映されたものではない。

倒産寸前の会社であれば、安くても売れるものは売つて運転資金を得ようとするはずである。それを売らずに不動産市況が回復するまで販売を中止するということは、右会社が、直ちに売らなくてもよいというだけの体力を有していることを示すものであり、本件番組を見た視聴者もそのような判断をするはずであるから、原告の信用は毀損されていない。

本件放映部分では、「販売中止に追い込まれた。」とのナレーションのすぐ後に、「今売れる価格では原価割れ。売るだけ損と判断したからだ。」と、原告が販売中止に追い込まれた理由をきちんと説明しており、この点からしても本件番組の内容が原告の信用を毀損することはないということができる。

原告代表者山田のインタビュー放映についても、バブル崩壊後の一般的な不動産不況について述べたものにすぎず、原告が、悲惨な状況にあるということを述べた内容にはなつていない。原告代表者山田も、「みなさん」と表現しているのであつて、視聴者から見ると原告の経営状態を述べているものとは判断しないはずである。

さらに、本件放映部分と本件リブラン放映部分とは、本件番組において並列的に並べて放映したにすぎず、対照的なものとはなつていない。すなわち、一般的な不動産不況という状況の中にあつて、物が売れない場合の販売業者の対応としては、〈1〉価格を下げる、〈2〉安く売ると損なので物価の上昇を待ち、それ以外の商売で稼ぐ、〈3〉付加価値をつける、といつた方法が考えられるところ、〈1〉のダンピングを行つている不動産業者のインタビュー取材ができなかつたことから、これについては他の資料で当該状態を説明し、〈2〉及び〈3〉の対応をする業者の取材ができたので、編集の段階で並列的に構成したにすぎない。このように、販売を中止するという対応を取つている原告を対象とする本件放映部分後に、付加価値をつけて販売している会社としてリブランを紹介する本件リブラン放映部分を放送することは、本件番組の構成上当然のことであり、原告とリブランを対比して、原告の信用を毀損しているなどということは考えられない。

五  争点2に対する当事者の主張

1  原告の主張

原告は、不動産不況を商品及び販売方法に工夫をこらして乗り切つている会社であるとの位置付けがされるものとして取材に応じた。しかし、本件放映部分は、原告が不動産不況のなかで極めて厳しい経営状況にあるかのような印象を視聴者に与えるものであつたから、森プロデューサー及び野別ディレクターらは、そのように原告の名誉を毀損した本件取材、編集及び放映を故意にしたものというべきである。

すなわち、原告代表者山田は、本件取材に当たり紹介者である前記鵜沢から、「バブル崩壊後の不動産不況の中で、頑張つている会社を紹介してほしいといわれたので御社を紹介した。」との連絡を受け、さらに野別ディレクターからの取材の申込みにおいても同様の取材の主旨を聞いたことから、原告の宣伝になればと思い、その取材及び本件放映部分の放送を許可したのである。したがつて、右取材及び本件放映部分の放送は右取材の主旨に限定される。にもかかわらず、野別ディレクターは、原告代表者山田から原告のバブル崩壊後におけるマンション販売戦略の説明を十分に受け、原告の経営状態が決して悪くないことを知りながら、無断で現地販売事務所内のボードから販売を示すバラを取り外して悲惨な姿を収録し、さらに森プロデューサーと共謀のうえ、取材したビデオテープを編集するに際し、故意に「絵になる」リブランとの対比のため、原告を「販売中止に追い込まれた」悲惨な業者として取り扱うこととしたものである。また、森プロデューサーは、本件番組における不動産業者の位置付けについての企画、仮編集テープの整理、取材内容との整合性の検討、最終テープの決定などに携わつており、取材内容と本件放映部分の内容とが異なることは事前に知つていたにもかかわらず、本件放映部分を故意に放送した。

また、森プロデューサー及び野別ディレクターらの右故意がなかつたとしても、森プロデューサー及び野別ディレクターらには、次の注意義務を怠つた過失がある。

すなわち、テレビ放送は、新聞報道と同様に、取材活動を通じて資料を収集し、事実を正確に視聴者に提供することを主旨とする。しかも、本件番組は、時事番組とは異なり、迅速性が要求されるものでもないうえ、放送時間が午後七時というゴールデンタイムに放送された視聴率の高い番組であることから、事実の正確性がことさら要求される。これは、ひとたび放送されるや、その事実は真実のものとして視聴者に受け取られて流布される可能性があり、取り返しのつかない結果が発生する恐れがあるからである。したがつて、本件番組の放送においては、正確性を最大限尊重し、誤つた報道によつて原告の名誉及び信用を毀損しないよう注意する義務がある。しかし、森プロデューサー及び野別ディレクターらは、このような注意義務を十分に尽くさず、原告代表者山田に対する取材の主旨とは異なつた本件番組を制作し放映したのであるから、編集上の過失があることは明らかである。

2  被告らの主張

本件番組の目的は、都市に住む者の住宅事情の残酷物語であつて、不動産会社の残酷物語ではないから、野別ディレクターは、原告代表者山田に対し、バブル崩壊の影響を受けた不動産業界の実情とこの時期の不動産業者一般の対応について、不動産業界に身をおく業者の生の声を聞きたいということから取材を申し込みその承諾を得たものである。しかも、本件番組は、ドキュメンタリー番組であつて、ドラマのようにあらかじめシナリオが決定されているわけではなく、取材結果でその構成が変更される可能性は高いのであるから、取材の段階でその構成を確定的なものとして自分の都合の良い素材のみを取材するということや、そのような取材をするように放送会社が指示することはあり得ない。

また、本件番組は、東京という大都市の住宅問題を取り上げてきたシリーズ番組「大東京!家と土地の最新残酷物語」の第三作目として、バブル経済の崩壊と、その一方で賃貸マンションの賃料は増額し続けるという都市に住む者の深刻な住宅問題を報道することを目的とするものであり、この目的からしても不動産業界の現状はその本題に進む導入部分にすぎないのであつて、その導入部分で原告ら特定の不動産会社を取り上げて信用を低下させる必要性や目的など全くない。本件番組の目的からすれば、不動産会社には、バブル崩壊後の業界の現状について語つてもらうだけで十分であり、それ以上に特定の会社の宣伝をしたり、あるいはその信用を低下させるということは、本件番組の目的に合致せず、野別ディレクターが原告代表者山田に対し、そのような取材申込みをすることはあり得ない。

ところで、原告は、インタビュー取材内容の全部が本件番組において放送されるわけではないことを知つていたうえ、ハイタウン吉川の撮影を許可し案内人までつけ、その販売事務所の内部及び販売状況を表すボードの撮影並びに販売を示すバラを実際の販売戸数に減らして収録することも了承していた。

結局、本件放映部分が原告の名誉及び信用を毀損するものであつたとしても、被告フジテレビ及びテレコムには、本件番組制作のための取材に当たり原告の承諾を得ているから、本件取材、編集及び放映についての責任はない。

六  争点3に対する当事者の主張

1  原告の主張

(一) 無形損害と謝罪広告

本件番組の放送により、原告は、これまで地元の優良企業として長年にわたつて築いてきた信用を失つた。原告は、地域に密着した企業として良心的な経営を行い、また積極的にテレビ・ラジオにおいてイメージアップを図つてきた。その結果、高い信用を築き上げてきたにもかかわらず、被告らの本件放映部分の放送により、原告の経営状況に危惧を抱いた取引先、金融機関及び知人から、電話等での問い合わせが相次ぎ、さらに契約直前にあつた顧客から本件番組の放映により突然契約締結を拒否されるといつた事態に発生した。このような、原告の信用が毀損されたことによる無形損害の賠償としては金二二〇〇万円の賠償が相当である。

また、原告の信用及び名誉回復のための手段として別紙のような内容の新聞紙上の謝罪広告掲載が必要である。

(二) 財産的損害

原告は、本件番組放映後ハイタウン吉川の販売を再開したが、本件放映部分の放送により原告の信用が毀損され、ハイタウン吉川の販売に悪影響が出ることを懸念し、通常であればせいぜい四〇万部のチラシを配布すれば足りるところを、追加として六二万部のチラシを配布し、加えて読売新聞紙上に広告を二回掲載し、信用回復のための追加広告費用として合計金七四一万九三四七円を余分に支出し同額の損害を被つた。

(三) 弁護士費用

原告の損害を回復するには専門的知識と経験を持つ弁護士に委任せざるを得なかつたが、被告らが負担すべき弁護士費用は金四〇〇万円が相当である。

2  被告らの主張

原告の主張する損害と、本件放映部分の放送とは相当因果関係がない。

原告は、本件番組放送直後の、ハイタウン吉川の販売を平成四年四月に再開しており、このこと自体右放送が何らの悪影響も与えていないことの証左である。しかも、平成四年四月ころは、一般的な不動産市況は悪かつたのであり、その中でマンションの販売を再開するならば、通常以上の広告費がかかつたとしても当然である。原告が追加広告をすることは他の例でもあるのであつて、本件番組放映の影響と直接結びつくことではない。なお、原告が追加広告をしなくてもハイタウン吉川の販売が不良であつたわけではなく、追加広告を行つたのは、原告代表者の勘に従つたからであり、本件番組の放送と追加広告とは相当因果関係がないといわなければならない。

ところで、ハイタウン吉川は、本件番組放映後の約五か月後の平成四年九月には完売している。平成三年に販売開始した時点から販売中止までにわずか八戸しか売れていなかつたのが、約五か月で残り二四戸が完売したというのであるから、本件番組の放映により何の悪影響も受けていないといえる。さらに、通常五〇〇〇枚のチラシにつき一名の集客となると原告が考えていたところ、原告の一〇二万枚のチラシにより、右二〇〇名の集客があり、来客した人の中にテレビを見ている人が大勢いたということであるから、逆に本件番組放映が、ハイタウン吉川の客寄せに効果があつたとも言える。契約前の交渉段階においてキャンセルがでることも不動産売買においては珍しいことではなく、これを本件番組放映と結びつけることには無理がある。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  テレビ放送は、ブラウン管を通して流される映像及びこれと連動したスピーカーからの音声を情報伝達の手段とするものであつて、新聞、雑誌などの活字のメディアと異なり、その情報の受け手である視聴者は、通常その内容を保存しこれを繰り返し見て吟味するということをせず、流された情報を瞬時にとらえてその内容を判断するものであるから、このテレビ放送の内容に上がつた何人かの名誉が毀損されたものといえるかどうかは、一般視聴者がその放送を一見して通常受けるであろう印象によつて判断すべきである。

本件放映部分は、マンションのダンピング競争が始まり、在庫がさばけず値下げ広告も現れ、販売中止に追い込まれたところもあるとのナレーションの下で、「マツヤハウジング・ハイタウン吉川」と書かれた看板が映され、「販売中止」とのテロップが入つて、さらに、これまで三三戸中八戸しか売れず、今売れる価格では原価割れで売るだけ損と判断したため販売中止をしたとの趣旨のナレーションが入り、ハイタウン吉川の販売状況を示す表にバラの花が八個だけついている様子が映され、続けて「マツヤハウジング山田義典社長」のテロップが入つて、原告代表者山田の、一七年間で初めての体験であつて、悲惨な状況であり、「みなさん」在庫がさばけず、借入金も増える状況ではないかと語るインタビュー映像が流れるという構成であるから、これら一連の映像を見、ナレーションを聞く視聴者は、原告も、ハイタウン吉川のように在庫がさばけずに販売中止に追い込まれるマンションを抱え、苦しい経営状況にある業者であつて、その代表者自ら、一般的な表現を取りつつも、自らの厳しい状況を率直に語つていると受け取れるものと見られる。

被告らは、冷静に本件放映部分を吟味すれば、原告がマンションの安売り競争に参加せず、価格が上昇するまで販売を待つことができるということが、すなわち今急いでマンションを販売する必要のない程度に会社の経営状態が良いことを物語つていることになる旨を主張する。しかし、販売中止に追い込まれたという説明から、一般視聴者がその販売中止をした業者がマンションの売行不振の際には販売をしない体力のある業者であるとまで認識するとは到底考えられないというべきである。

また、被告らは、放映された原告代表者山田のインタビュー内容について、その主体について「みなさん」という言葉が使われているとおり単に一般論を述べるものであり、原告の経営状況が悲惨で、借入金も増えている状況にあるといつた内容にはなつていないと主張するが、「みなさん」といつた場合には、特に限定を付けない限り発言をした本人も含めていると考えるのが一般的であり、かえつて、暗に自分のことを指しながら敢えて一般的な表現を使うこともよくあることであつて、特に前記テレビ放送の特質に照らすと、一般視聴者から見て、原告代表者山田の発言が不動産業界一般についての発言であるととらえられるとは考えられないのである。

法的保護の対象となるべき法人の「信用」は社会から受ける客観的な評価をいうものと解すべきである。《証拠略》によると、原告は、マンションの売買及び販売等を目的として原告代表者山田が昭和五一年に設立した会社(現在の資本金額は金一億円)であるが、本件放送当時において関東一円に販売対象を広げ、原告グループ企業の顧客も約一万名に達し管理物件数も東京横浜を中心に一〇〇棟を超えているところ、平成二年度には約一六四億円あつた借入金を平成五年度には約三〇億円にまで減少させるなど業績も良好であること、原告は、昭和六二年ころから多額の費用を用いてテレビ及びラジオのコマーシャル並びに新聞広告等を活用し宣伝を行つて来たこと、原告は、本件取材を受けた当時ハイタウン吉川が竣工前であつたためその八戸を売却しただけで自らその販売を中断し、市況が回復すると見込まれる平成四年四月ころ販売を再開する予定であつたが、マンションのダンピング競争に加わりハイタウン吉川の販売の中止に追い込まれていたものではないこと、原告は、本件番組を見て不安を抱いた原告の取引先及び金融機関等から、経営状況等についての問い合わせを相次いで受けるに至つたことが認められ、原告が本件番組放送前には相当の社会的評価を得ていたことが明らかである。

したがつて、このような会社に対し、前記のような印象を一時視聴者に抱かせるという本件放映部分の放送は、原告の信用を毀損するものであると認めるべきである。

2  ところで、本件番組中の本件放映部分と本件リブラン放映部分とが対照的な内容になつているかどうかについては、一方で本件放映部分の内容が前記のとおりダンピングをしてマンションを販売することもできないような状況に追い込まれたという印象を与えるものであるのに対して、他方では本件リブラン放映部分の内容は、付加価値を付けることによつてバブル崩壊前と同等の金額で販売が行われ、しかも売れ行きとしても完売する状況にあるなど、一般視聴者の受ける印象としては対照的なものとなつているということができる。

しかし、本件番組の内容は、原告が他の不動産業者一般と同様に苦しい経営状況にある中、リブランのような方法で業績を伸ばしている会社もあるということであつて、本件放映部分との関係で、リブランが極めて良好な経営状態にあるという印象を与えるものの、その対比のために原告の経営状況がより悪化しているとの印象を与えるものではない。いわば繁盛している会社があるからといつて、その他の会社がより悲惨な状況にあるという印象を与えるという関係にはならないものであつて、原告は、本件放映部分の放映によつて、あくまで他の不動産業者一般と同様に苦しい経営状況にあるという印象を与えるにすぎないと認められる。

したがつて、本件放映部分と本件リブラン放映部分とが対照的な内容であるからといつて、本件事案ではより原告の信用が毀損されたと解するのは相当ではないものというべきである。

二  争点2について

1  原告は、テレコム及び被告フジテレビが、故意に原告の信用を毀損する内容の本件番組を制作し、放映したと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。むしろ《証拠略》によると、本件番組の放映目的は都市に住む者の住宅事情を取り上げるということにあり、特に不動産業者を糾弾するといつた内容のものでないこと、このような番組の目的からすれば、敢えてそこで原告の信用を毀損する必要性はないうえに、テレコム及び被告フジテレビが、本件番組放送後、原告から本件番組の内容について抗議と共に損害賠償請求を受けた際、同請求には応じられないものの、何らかの善処をしたい旨の回答をしていることが認められることに照らすと、テレコム及び被告フジテレビが当初から原告の名誉を毀損することを意図して本件取材をしたうえ、これを編集して本件番組を制作し、本件放映部分を放送したとは認めることができない。

2  被告らマスメディアにある者が何らかの表現活動を行う際には、特定人の名誉及び信用を毀損することのないよう注意を払う義務があることはいうまでもない。特に、テレビ放送においては、その伝播性、信用性において社会に対し多大な影響力を持つものであるから、これに従事する者も、テレビ番組の制作、編集に当たり、一般の表現活動を行う場合と比べより一層高度の注意義務を負担すべきである。

これを本件についてみると、前記争いのない事実に加えて、《証拠略》によれば、原告の経営状態は取材当時特に悪いものではないことをテレコムの野別ディレクターも認識しており、また森プロデューサーも野別ディレクターに編集作業の際に原告が販売を中止している理由について問いただし、野別ディレクターから原告の当時の経営状態から見てあえて値下げしてまで販売を行う必要がないという説明を受けていたことが認められる。また、争点1で判断したように、テレコム及び被告フジテレビの編集作業により本件番組の流れから原告の経営状態が非常に悪化しているような印象を与える内容となつている。さらに、本件取材内容にかんがみると、本件放映部分で放送された原告代表者山田のインタビュー内容は別紙「インタビュー内容」における「11Q」及び「12Q」の質問に対する応答部分のみであつて、同部分が別紙「インタビュー内容」においては明らかにバブル経済崩壊後の不動産業者一般についての発言であるものの、本件番組では右応答部分が合成されて編集され、原告についての発言と取られる内容になつていることが認められる。

そうすると、野別ディレクターをはじめとする編集作業を行つたテレコム社員及び森プロデューサーら被告フジテレビの番組制作従事者は、本件番組の編集に当たり、第三者である原告の信用を毀損しないようにすべきテレビ放送における注意義務を怠つたものといえ、編集上の過失があるものというべきである。

被告らは、本件番組の放送に当たり、本件取材を行うに際し原告の了承を得ており、またインタビューを受けた原告代表者山田も右取材のとおりに放送されるとは限らないことを理解していたと主張する。しかし、別紙「インタビュー内容」における野別ディレクターの質問内容は、原告の具体的経営方策等が中心であつて、苦境にある不動産業界一般についての質問が少ないことに加えて、《証拠略》によると、本件取材の主旨は原告主張のとおり不況を乗り切りながら不動産事業を推進している原告の取材であると認められるから、原告が自己の名誉及び信用を毀損するような本件放映部分の放送を行うことについてまで了承していたものと解することはできない。

なお、本件取材の主旨については、原告及び被告らにおいて相互に主張が異なつているが、仮に被告らの主張するように野別ディレクターがバブル崩壊後の不動産不況一般について不動産業界に身をおく業者の生の声を聞きたいということで取材を申し込んだものであつて、原告代表者山田もこれを了承して取材に応じたものであるとしても、原告代表者山田が原告の事業遂行に支障を来すような編集内容の本件番組の放映まで了承していたものとは到底考えられないから、右了承によつて直ちに被告らの賠償責任が免責されるものではない。

三  争点3について

1  無形損害について

本件放映部分が放送されたことにより、前記のとおり原告の信用が毀損されたことが認定できるから、原告が無形の損害を被つたものというべきである。右無形損害の賠償については、前記のとおり本件放映部分が本件取材の主旨とは異なつた印象を一般視聴者に与えるものであり、これが原告のような不動産業者にとつては致命的な情報の放送ともなり得ることに加えて、前記テレビ放送の特質、本件番組放映の時間帯、原告のマンション販売対象区域である関東地域における本件番組の高視聴率、原告の営業目的及びその形態、本件放映部分による原告の信用毀損の態様及び程度等本件において認められる一切の事情を併せ考慮すると、その賠償としては金三〇〇万円が相当であると認める。

2  追加広告費用について

原告は、本件番組の放送によりハイタウン吉川の販売に悪影響が出ることを恐れて余分な追加広告を行つたと主張するが、《証拠略》によれば、右追加広告を行うことを決定したのは原告代表者山田の経験に基づく勘によつてであること、追加広告を決定した時点でもハイタウン吉川が全く売れなかつた訳ではないことが認められる。さらに、《証拠略》によると、当時の不動産の市況にかんがみると、本件番組の放送がなければ、確実に販売が可能であつたとも認めることはできず、むしろハイタウン吉川などのマンションの販売は非常に困難な状態であつたと考えられ、そうであるにもかかわらず本件番組の放送後約六か月経過後にはハイタウン吉川の全三三戸が完売されたことが認められる。

したがつて、原告が前記追加広告を行わなければ、ハイタウン吉川が売れなかつたと認めることはできない。そうすると、原告の支出した追加広告費用については、本件全証拠をもつても、原告が主張する右損害と被告らの共同不法行為との間に相当因果関係を認めることができない。

3  謝罪広告について

民法七二三条が名誉(人がその品性、徳行、名声、信用等の人的価値に基づいて社会から受ける客観的な評価)を毀損された被害者の救済処分として損害賠償のほかにそれに代え又はそれと共に名誉を回復するに適当な処分を命じ得ることを規定している趣旨は、その処分により金銭による損害賠償のみでは填補され得ない毀損された被害者の人格的価値に対する社会的、客観的な評価自体を回復することを可能ならしめるためであると解すべきである。

したがつて、謝罪広告は、名誉毀損によつて生じた損害の填補の一環として、それを命じることが効果的であり、しかも判決によつて強制することが適当であると認められる場合に限りこれを命ずることができるのであつて、本件のように具体的な財産的損害が発生していることが認定できず、前記無形損害に対する金銭賠償によつて損害が賠償される事案においては、謝罪広告を命ずることは相当ではないものというべきである。

4  弁護士費用について

弁論の全趣旨によれば、原告の本訴請求に当たり、弁護士を委任する必要があつたことが認められるから、諸般の事情にかんがみ、その費用は金三〇万円と認定するのが相当である。

四  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、主文掲記の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとする。

(裁判長裁判官 中込秀樹 裁判官 河野清孝 裁判官 金沢秀樹)

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